プロフィール

プロフィール

■出身地
山口県都濃郡南陽町和田(現・周南市)

■生年月日
1960年8月1日

■身長/体重
181cm/80㎏

■年表
1960年8月1日、山口県都濃郡南陽町に生まれる。
山口県立南陽工業高等学校に入学し3年時には春夏と甲子園に出場。
高校卒業後は防府市にある協和発酵工業に入社する。
2年間社会人野球を経験した後、1981年にドラフト1巡目で広島東洋カープに指名を受け入団。
入団1年目に11勝をあげ球団初の新人王に輝く。
1983年にはオールスターゲームでの活躍により優秀選手賞を受賞。 
1984年は右手中指の血行障害の治療の為、世界初となる中指の靭帯摘出手術を行い、1985年には津田恒美から津田恒実へと改名し背番号も15番から14番に変更した。
1986年にはストッパーに転向し、4勝6敗22セーブの成績でカムバック賞を受賞。
広島東洋カープのセ・リーグ優勝に大きく貢献し、胴上げ投手となる。
1989年には12勝5敗28セーブの成績で最優秀救援投手賞・ファイヤマン賞を受賞。
12試合連続セーブポイントをあげ当時の連続セーブポイント日本タイ記録を達成した。
1990年、4月に右肩を故障、8月には左ひざ靭帯を損傷するなどこのシーズンは、わずか4試合の登板で終わり、シーズン終了後は頭痛を始めとする身体の体調不良を訴えていた。
1991年、前年より続く体調不良を抱えたまま開幕を迎え、広島市民球場で読売ジャイアンツ戦に登板したが、大乱調の為わずか9球で降板。
これが津田恒美の最後の登板となった。
本人の意思により球団に退団届を提出。11月6日付で受理され引退となる。
その後は療養に専念し一時は奇跡的な回復も見せ、復帰の為にリハビリも行っていたが、1992年に6月頃に再び容体が悪化し、8月に済生会福岡総合病院へ再入院
1993年7月20日、14時45分に息を引き取り、32年の短い生涯に幕を閉じた。

■表彰、獲得タイトル
1982年  新人王
1983年  最高勝率 オールスター優秀選手賞
1986年  カムバック賞 日本シリーズ最優秀選手賞
1989年  最優秀救援投手賞 ファイヤマン賞
1993年  新南陽市市民栄誉賞
2012年  野球殿堂競技者賞
2013年  広島市民賞

■生涯成績
生涯成績

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